243年越し「恩返し」 多良間村が市に「感謝の碑」 漂着の住民、手厚く保護

多良間村の「感謝の碑」前に立つ中山市長、伊良皆孫長、羽地実行委員長(右から)=23日夕、市中央運動公園
多良間村の「感謝の碑」前に立つ中山市長、伊良皆孫長、羽地実行委員長(右から)=23日夕、市中央運動公園

 1771年の明和の大津波のころ、しけで漂着した多良間島の住民を石垣島の住民が手厚く保護した史実を後世に伝えようと、多良間村が23日、石垣市中央運動公園内に「感謝の碑」を建立した。243年越しの「恩返し」で、同村の伊良皆光夫村長は「この史実が埋もれていたら、多良間島は恩を知らない村民になるところだった」と述べ、改めて石垣島の住民に感謝した。


 史料によると、明和の大津波と台風襲来で多良間島が大飢饉に陥り、島民200人余が食料を求めて宮古島への渡航を試みた。しかし、しけに遭い、石垣島に漂着した。石垣島の住民は多良間島の住民に食料を与え、4カ月近く保護した。島に残る住民のためにも米を貸し付けたという。

 

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