石垣市が八重山商工野球部へ…

 石垣市が八重山商工野球部への監督派遣事業を来年度で打ち切るというニュースを聞き、一つの時代の区切りを感じた。03年、当時の大浜長照市長の肝いりで同校に派遣された伊志嶺監督。同校が春夏連続で甲子園に出場し「夢実現」と八重山を沸かせたのは3年後だった◆伊志嶺氏の監督就任当初は、厳しい練習について行けず、部員が次々と退部。「大人が笛吹けど子どもは踊らず」と、マスコミで批判的に取り上げられたりもした。しかし監督の少年野球時代の教え子たちが入部すると、甲子園へチーム一丸となり、06年の感動につながる◆甲子園では日本最南端の高校として抜群の注目度。甲子園に同行した記者も「八重山日報」というネームプレートを付けているだけで、他のマスコミから「あっ八重山だ」と声をかけられたりした。テレビでは特集が組まれ、本も出版された◆あれから8年。住民の間でも「八重山から甲子園へ」というかつての情熱は、だいぶ薄らいでしまった。八重山からいまだに再出場を果たせていないのは、住民のサポート体制にも問題はないか再考すべきだろう◆幸い、派遣事業の終了後も、伊志嶺監督は引き続き指揮を執るようだ。他の2高校も含め初心に帰り、挑戦者として「夢再現」を目指してほしい。