祝福の日 兼次 映利加

沖縄の祖国復帰を祝うパレード(東京文京区)
沖縄の祖国復帰を祝うパレード(東京文京区)

 五月十八日、東京文京区で沖縄県祖国復帰42周年を祝う大会とパレードが行われました。集会には200名近い参加者が集い、登壇者は口々に祝福の言葉を述べて記念すべき『5月15日』に心をひとつにしたのです。沖縄祖国復帰のために陳情団の一員として尽力された仲村俊子氏(九十一才)は、吉田松陰の歌を引用して次のように語りました。


 「親思う心にまさる親心。沖縄はあのときアメリカに里子に出されたようなものでした。里子に出された我が子が返ってきたときに、一番喜ぶのは親(日本国)ではないでしょうか。復帰38周年から、沖縄県だけで復帰のお祝いをしてきましたが、本当は一番親にお祝いしてもらいたいんです。」


 こみあげる熱い思いにたえられず、多くの参加者が共に涙しました。
 復帰記念イベントが沖縄本島で催されたばかりであるのに、改めて東京の中心で祝賀大会及びパレードを行う意義はここにあります。


 つまり、一度敗戦によって母なる国と分離されてしまった沖縄が、様々な困難を乗り越えて再び祖国にかえったことは、我々県民にとっては限りないよろこびでした。そしてそれは同時に国家の慶びでもあったはずなのです。


 「日本の復興と高度経済成長から取り残されるのではないか」という不安と不条理に耐えた県民と、祖国防衛のために命を賭した特攻隊の家族や同胞、そのような日本国民が涙の谷を渡って辿り着いたのが「祖国復帰」という名の彼岸です。


 いま一度この歴史を全国で見つめ直すべき時がきています。
 中国が尖閣沖を平然と荒らし、「沖縄は中国固有の領土だ」と主張するなかで、日本ははっきりと言い返すことができずにいます。


 わたしたち一人一人が、日本と沖縄の絆-親子の深い絆-を我が事として心に留めておかなければ、先人の努力も虚しく、我が国は再びいとも簡単に引き裂かれてしまうでしょう。
 本土と沖縄は、海洋によって隔たれているのではなく、海洋によって結ばれています。


 「わたしたちはひとつなんだ」という思いを共有する機会として、この祝福の日がいつか〝国民の祝日〟となることを願います。