清國の「釣魚臺」は尖閣ではなかった!!㊥ 長崎純心大学准教授 いしゐ のぞむ

籌海圖編白黒四庫全書

 尖閣ではない第三系統
 第三系統とは、尖閣でなく臺灣北方の彭佳嶼もしくは花瓶嶼を釣魚臺・釣魚嶼と呼んだものである。西暦千七百五十六年の全魁(ぜんくゎい)著『乘槎集』、同時に渡航した周煌(しうくゎう)著『海東集』、そして西暦千八百八十年頃の陳觀酉(ちんくゎんいう)著『含暉堂遺稿』卷二「琉球雜咏」、の三種がこの系統に屬する。


 全魁の詩は十四首を以て成り、西から東への航路を詠じる。その第五首でチャイナ大陸が遠く消え去り、第六首で螺旋形(卷き貝)の如き釣魚臺を遠望する。第七首で大洋を高速で進み、第八首で華夷の界を詠じ、第九首で黄尾嶼が赤尾嶼に連なると詠じる。

 

 尖閣の釣魚臺は螺旋形ではないので、この詩の釣魚臺は臺灣島北方の螺旋形の花瓶嶼である。且つ尖閣の釣魚嶼と黄尾嶼(久場島)との間は三十キロを隔てるに過ぎないので、中間を高速で長驅することは有り得ない。花瓶嶼ならば尖閣までの間に約百五十キロの長距離を隔てるので、この詩に符合する。

 

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