冠鷲プロジェクトに見る競争の原理 辻 維周

 玉津前教育長が実践している冠鷲プロジェクトの成果が早くも表出し、昨年まで最下位であった全国学力テストの結果が、今年は県内6地区で小学生は2位、中学生は5位となった。


 その要因として一番に挙げられるのは、本紙8月29日の記事にも挙げられているように、競争の原理を採用したからであろう。


 世の中には競争の論理を採用しなければ壁を打ち破ることができないものが山ほどある。航空運賃然り、ガソリン価格然り。しかし近年、学校教育は「平等」の意味を拡大解釈し、体育祭の徒競争でさえ順位をつけずにおく学校が増えていると言うが、これは長年、教育に携わっている筆者にとっては、噴飯ものであると言わざるを得ないものである。


 国語辞典で「平等」の意味を引いてみると「すべて等しく差別が無い事」(旺文社国語辞典)とあるが、順位付けは差別ではなく区別でもない。もし順位付けが問題であると言うならば、入試自体が競争原理の典型であり、その入試を実施しているのは他ならぬ教員であることを忘れているのではないだろうか。


 競争に負けたものはその悔しさをバネにして起死回生を図るであろうし、勝ったものはそれに奢ることなく弛まざる努力をしなくてはならない。


 例えばいくら陳情しても下がらなかった航空運賃が、スカイマークが参入した途端に急落した事例は、記憶に新しい。また、ガソリンスタンドでも石垣にセルフのスタンドができた途端、様々な店で「セルフ同価格」という看板を掲げるようになってきた。また都市部にある家電量販店でも毎日他店の価格調査を行い、他より一円でも高い商品があった場合には、その価格より安く販売することは常識となっている。


 教育においても全く同じことが言える。つまり競争があるからこそ次へのファイトがわいてくるはずである。もしこの競争が無かったとしたならば社会人になった時、苦労する事必至である。そういった意味でも、冠鷲プロジェクトを行った意味は重要であると言うことを、ぜひ市民の方々にも気づいていただきたいものである。

                          (桃山学院大学兼任講師)