2014年

11月

21日

映画スターの高倉健さんが…

 映画スターの高倉健さんが亡くなった。昭和のスターというと、現在の若い人にはほとんど残像しかイメージできないが、高倉さんは現在もなお輝きを失わないスターだった◆高倉さんが石垣市を訪れた際、たまたま見かけた富野小中学校の運動会に感動し、同校に手紙やプレゼントを贈ったという逸話もある。死後になって、東日本大震災被災地の少年と文通していたことも報道された。温かい人柄をしのばせる数多くのエピソードを残したのも、高倉さんが特別な存在だったゆえだろう◆現在の八重山では映画館はなくなってしまったが、かつて映画は住民にとって最大の娯楽だった。ある年代であれば、八重山にも、リアルタイムで高倉さんが出演する映画の数々を楽しんだ人は多いだろう◆昭和の文豪、三島由紀夫は映画好きで、高倉さんも好きな俳優の一人だったという。1970年の壮絶な自決直前、三島由紀夫が同志の若者と最後に口ずさんだ歌が、高倉さん主演映画の主題歌「唐獅子牡丹」である。2人の没年は44年離れているが、ともに男の美学を貫いた同時代人だった。1人は穏やかに、1人は鮮烈に。2人の最期は対照的だが「男らしさ」という点で一致する◆三島由紀夫25日、高倉健10日。奇しくも命日は同じ11月である。