誘致 42年越し「悲願」  復帰翌年 町議会が初決議 与那国の自衛隊配備

住民投票で陸自配備賛成が多数を獲得したあと、外間町長(中央)と握手する町議会の糸数議長(左)と与那国防衛協会の金城会長(右)
住民投票で陸自配備賛成が多数を獲得したあと、外間町長(中央)と握手する町議会の糸数議長(左)と与那国防衛協会の金城会長(右)

 住民投票で自衛隊配備推進派が多数を占めた与那国町では、復帰翌年の1973年に町議会が自衛隊配備要請決議を可決しており、推進派にとって自衛隊誘致は42年越しの「悲願」だった。推進派は過去の失敗を教訓に誘致活動を展開し、配備実現のタイミングをつかんだ。

1973年4月2日、町議会が可決した「自衛隊の配備について要請決議」
1973年4月2日、町議会が可決した「自衛隊の配備について要請決議」

 「激動つづける国際情勢化における昨今、台湾とは僅(わず)か80マイル隔てる指呼の間にあって予期せぬ事態に対峙し、住民の不安動揺を擁護するため、自衛隊の配備を一日も早く実施して貰(もら)うよう強く要請する」

 73年4月2日。町議会は「自衛隊の配備について要請決議」を保守系議員の賛成多数で可決した。議員たちが懸念していたのは与那国町の約110㌔先にある台湾と中国の衝突。当時、革新系議員で、議案に反対した金城信浩さんによると、6―5の僅差だったという。

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