中国「釣魚島」特設サイトの虚構を暴く⑫ 石井望

 第二の可能性は、福建に盜賊が多く、井澤らは船中の米を奪はれさうになり、ついで官吏の強い勸(すす)めにより船を繋留したまま陸上の宿舎で一夜を過ごした處(ところ)、船中の財物を全て盜まれてしまった。國吉まこも氏が詳しく研究する「九州日日新聞」明治二十六年十月八日より十三日まで所載の井澤「漂流談」に述べられてゐる。善良な井澤らはそれでも福建當局に感謝してゐるが、しかし清國の國情から言へばこれは官吏と盜賊とが結託してゐたのだらう。いづれにしろ賊の多い國から日本に歸國(きこく)できるか否か不安の中で井澤らは過ごしてをり、大きな利潤を生む鳥毛採集について福建現地でわざわざ言はないのは當(あた)り前である。かりに無主地尖閣の鳥毛採集に福建人が參入すれば競爭が劇しくなることも預見できる。


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