2015年

5月

04日

言葉の乱れは世相の乱れが…

 言葉の乱れは世相の乱れが背景にあるようだ。最近の沖縄で飛び交う奇妙な日本語を聞いていると、沖縄の将来に危惧を抱かずにはおれない◆まずは「粛々と」という言葉。「やるべきことを淡々とやる」というプラスイメージの言葉だったはずだが、最近はなぜか「上から目線」を意味するようになった◆米軍普天間飛行場の辺野古移設を「粛々と進める」という政府を翁長知事が批判したことに端を発するが、反対派をはじめ周囲が一斉に知事の言葉尻に乗った。八重山でも「粛々と」という言葉を「使いにくくなった」とこぼす人がいる◆「過剰警備」という言葉もよく耳にするようになった。辺野古埋め立ての海上作業を阻止すべく船を繰り出す反対派に対し、警備に当たる海上保安官に投げつけられる言葉だ。だが過剰警備なるものは「過剰抗議」の裏返しではないか。プラカードを持ちデモ行進する程度ならともかく、辺野古の海に身を投げ出す行為が常識的な抗議活動とは考えにくい◆辺野古移設を「辺野古新基地」と言い換えるのもおかしい。移設は負担軽減であり、新基地は負担増なのだから、意味は全く逆ではないか。「新基地」という言葉が既に特定のイデオロギーを示唆しており、責任ある立場にある人が軽々に使うべきではない。