2015年

8月

18日

「沖縄の高校球児はプレッシャーに弱い」と…

 「沖縄の高校球児はプレッシャーに弱い」とレッテル貼りされていた時期があった。象徴的だったのが現ヤクルトの新垣投手を擁した1998年の沖縄水産。メジャーでも活躍した松坂がいた当時の横浜に対し「西の横綱」と称され、甲子園で県勢初優勝の期待が高まっていた◆しかし春、夏とも実力を発揮できず、ともに初戦で敗退。当時の新聞は「西の横綱が、もろくも崩れた」と評した。確かに「優勝候補」の呼び声は、選手には重圧だったのかも知れない◆しかし、沖縄球児が脱皮するのは早かった。沖縄水産が初戦敗退した翌99年には沖縄尚学が春の選抜で悲願の県勢初優勝を果たす。以後、沖尚の2度目の優勝、興南の春夏連覇が続く。2006年に離島から初の出場を果たした八重山商工も、夏の初戦では9回に追いつき、延長戦に持ち込んで逆転勝ちした。むしろ精神力の強さこそ、沖縄球児の真骨頂ではないかと思える時代が到来している◆今年の夏も、興南は接戦を次々と制して準々決勝まで進んだ。石垣市出身の高良選手も、勝負どころで代打として起用され、大舞台のグラウンドで躍動した◆人間に「レッテル貼り」は無意味だ。たくましく成長する子どもたちの姿から、大人が学ぶべきものは少なくない。